2017年文学フリマDebby Pumpアワード

この一年で文学フリマに出品された作品の中から、特に優れたものを、Debby Pumpが独断により決定し表彰する賞。(※文学フリマ事務局様公式の企画ではありません)

最優秀エンタメ賞 選評

 

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『味噌からの自炊学 Ⅱ+B [麦茶ート式]』

 よくもまあここまでやったものであると呆れ半ばに称賛したい。「自炊学」という学問があったらおもしろいんじゃなか、という発想まではわからなくもない。しかし、それの参考書を作ってみよう、となるのはわけがわからない。しかも、これは二冊目である。わけがわからない。

 チャート式の参考書を真似た外装がまず目を引く。ページを捲ってみると、やはり参考書のスタイルを貫き書かれている。しかし、内容は徹底して馬鹿げている。ここで本作の著者たちは「参考書とは真面目なものである」という読者の先入観を逆手にとることで、内容のみによるもの以上の面白さを獲得している。デザインの妙を巧みに活用した好例である。

 不思議なもので、ひどくふざけ倒したこの内容でも、読了後には一つの学問を修めたような達成感があった。それもまた、最後までこだわりぬいたデザインの賜物なのだと思う。

 ハイライトは「第3章 カリー化」であろう。うんこの話を散々連ねた直後に『よだかの星』の全文を引用するという異常性も、参考書のスタイルを貫く本作においては奇妙に正しく映る。

 

 

『このマーガリンがすごい!』

 さすが大御所、装丁がプロのそれだ。普通に書店やコンビニの雑誌コーナーに置いてあっても、違和感は一切ないだろう。隅々まで目を通しても、知らない人は同人誌だと気付かないのではないだろうか。

 この圧倒的な取材量には、素直に敬意を抱く他ない。マーガリン53種食べ比べとは、思いついてもやりたくない。私は本作を読んでいるだけで胸焼けがした。

 一品ごと全てにつけられた丁寧なコメントからは、マーガリンへの深い愛情を感じる。陳腐な表現となってしまうが、他に言い様もない。基本的にはオーソドックスなものへの評価が高めだが、変わり種でも美味しいものには正当な評価がなされている。決して惰性ではなく、最後まで真剣にマーガリンと向き合い続けたのだろうというのがはっきりと伝わった。

 唯一残念に思ったのは、わかりやすいまとめ的ページがなかったことだ。いわゆるおすすめランキングのようなものが一ページ簡単にでもあると、より参考にしやすいのになと思った。

 

 

『for「Rain」』

 本作は架空の小説家による長編小説のネタ帳を模したものだが、読み進めるにつれ少しずつ作品と関係ない雑記なども含まれはじめ、終盤には不穏な描写もなされるようになる。読み始めた時には想像もしていなかった展開に、ひどく驚かされた。ラストの二文はかなり薄く書かれており、私は実は初読時には気付かず、空白のページなのだと思っていた。

 書かれる言葉が創作のためのメモなのか、小説の一文なのか、小説と無関係な日記なのかとわかりにくくなっていく過程を私は楽しんだ。終盤には、この架空の書き手自身が“だんだんネタ帳と日記の区分がなくなってきた”と記しており、本作の作者の意図したところであるのは確かだろう。

 本作において練られた小説の「本編」を読んでみたいとも思った。そういった意味でも、本作に含まれた試みはすべて成功しているように感じた。

 

 

【最優秀エンタメ賞 総評】

 ノミネート作品三作が、いずれも三作三様に装丁への強いこだわりを見せているのが面白い。

 参考書スタイルで一切の隙なくふざけ続けた『味噌からの自炊学 Ⅱ+B [麦茶ート式]』。書店に置いてあってもおかしくないハイレベルな装丁と、圧倒的な取材量によりその実力をいかんなく見せつけた『このマーガリンがすごい!』。長編小説のネタ帳という形を模しつつも幾種の試みを盛り込み、読者の想像を超えるような展開で心を打った『for「Rain」』。

 

 

 当選作は、紫水街、な゛、阿佐翠(神聖自炊帝国)『味噌からの自炊学 Ⅱ+B [麦茶ート式]』とした。

 「自炊学」という架空の学問を無理矢理に作り上げ、実在の学問を混ぜ込むことで奇妙な説得力を持った本作は、なにか偶発的に魔力らしき物さえ獲得しているような気がした。そして、それは人が狙い澄ますことでは決して得られないものなのだと思う。